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今年も、お米づくりがはじまります。
まだ見ぬ稲穂の姿を想像しながらはじめる、春のしごと。
 
去年実ったお米の籾(もみ)のまま保管して、
その一粒を、ハウスの中で
温度管理しながら数日間水に浸すと、発芽する。
水を切らさないように撒くこと2週間。
一粒の籾から ぷくっと芽吹いた新芽が
すくすく育って苗になります。
 
そう、食べ物だと思った一粒の殻の中から、
また新しい芽が出る。
驚くほどにぐんぐん育って、苗になる。
はじめてその様子を見たひとは、
そのあたりまえの循環に、少し驚く。
透き通るように瑞々しい苗。
しっかり根を張って、茎の太い、
いい苗に育ってくれますように。
5月初旬。
すくすく育った苗を手に、
いよいよ田植えがはじまります。

家族だけではとても手が回らず、
たくさんの人の手をかりて田んぼに入ります。
苗を手にして、「命はつながっているんだね」とつぶやく人。
まぶしさに目を細めながら、無心で次の苗を手にする人。
どのひとも、「無事育ちますように」という願いを込めて、
田んぼの土の中へ、ひと苗ひと苗、手で植えてゆく。

植え付けられた苗の根っこは、泥の中で、めざめる。
その瞬間、また新しい命がつながっていく。

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苗がしっかり根付いて、稲になる頃、
田の草も生い茂ってきます。

無農薬で育てる田んぼ。
いちばん大変なのが、雑草との戦いです。
稲が風通し良く、日当たり良く、
土壌の栄養もしっかり吸収できるように、
草をとって、田んぼのお世話を続けます。

ひたすらに手間のかかるしごと。
でも、そうしてやっと、稲が育つ。
きちんと手間をかけなければ美味しいお米にはならない。
もくもくとやるのが、稲の生育にとって、大切なこと。

いよいよ、出穂(しゅっすい)。
しっかり実ってくれて、ありがたい。
苗がすくすく育って、葉っぱのような、
茎のような部分が出来ます。
それが、葉鞘(はざや)。
葉鞘の中にぎっしり詰まって、眠る稲粒。

7月の終わりから、8月のはじめ頃になると、
稲は葉を増やすのをやめ、茎のなかで穂を作りはじめ、
穂にはお米の容れ物である
籾殻(もみがら)が出来てきます。

やがて穂は、葉鞘から生まれでるように、
外へと出て行きます。
それが出穂。
穂の先から、小さな花が咲いて、
葯(やく)から花粉が飛び出し、
柱頭にくっついた花粉が発芽。
花粉管を伸ばし、花粉の中の核を
子房内の卵に届けます。
ここで受精し、お米が大きくなっていきます。

チラホラ白い糸のようなものが、お米の花。
この花の開花時間はとても短い。
稲の花は、午前10時頃に最も多く開花して、
昼頃には閉じてしまいます。
開花している時は、あたり一面、
お米の香りが漂います。
たった2時間ほどの花の命。
植物には、神様が宿っているのだなあ、
と思う瞬間。

夏、本番。
新緑色の稲穂が、風にそよいでいます。
これから実がつまっていく、若く、生命力あふれる粒たち。
青々とした、田んぼ。
波打つ姿も、美しい。

稲の成長と共に、雑草達も成長する。
雑草を、根っこから引っこ抜く。
稗や赤玉。雑草の根っこも、驚くほどしっかり張っている。

薬を使わない農法の中で、いちばん難しいのが、雑草との共存。
暑い暑いこの時期の草とりは、ほんとうに、過酷、、、です。
秋の稲刈りのことを思いながら、草とりに励みます。

刈り取る前の稲穂には、白く光る、うぶげが生えています。
一粒づつが、ぷっくり、ふっくら、美しい。
おこめという命が、守られている姿。
収穫まで、あともう少し。

黄熟し、黄金色に波打つ稲穂の海。
しみじみ黄昏る風景です。
自然には逆らえず、ただ翻弄されるばかりですが、
今年も実りの季節がやってきました。

雨の少ない梅雨も、夏の強烈な暑さにも、
荒れ狂う雷雨、暴風雨にもじっと耐え、
太陽の熱と光をめいっぱい吸収しながら、
すくすく育った稲穂たち。

ぐいぐいと根を張って、土の栄養を吸い上げる。
栄養を奪う雑草たちとせめぎ合いながらも、
しっかり実ってくれた米粒たち。

おてんとさま、土の力、稲という植物がもつ生命力。
水の神様、田んぼの神様…
ヤオヨロズの神様に感謝しながら、その日を迎えます。

今年も、無事に収穫できますように。
美味しいお米が実ってくれてますように。

祈るような気持ちとともに、いよいよ稲刈り開始です。

お天気を見ながらの稲刈りをようやく終え、
刈りとった稲穂を脱穀して、乾燥させて、
籾(もみ)すりした状態が、
玄米です。
これでいよいよ、お米として食べることができます。

今年のお米はどうだろう。
最初の一膳を炊き上げるときは、緊張します。
ひとくち食べて、家族で顔を見合わせる。

作物は自然からの授かりもの。
ですから、その年々によって当然風味や食感も違います。
梅雨や、日照りや、地温、虫、雑草の勢いなど、
その年の条件、環境によって出来も大きく変わります。

それでも、薬や肥料を必要以上に使って
お米の味を均一にしよう、どんどん作ってどんどん穫ろう、
という風に私たちは思いません。

なぜなら、今年、そういうお米が実ったということは、
今は、そういう食べものを食べた方がいいよ。と、
巡る季節の中で、自然が教えてくれてるような気がするから。
自然から生まれたものは、自然と共に生きる人間の体に
負担がないように、実ってくれているように感じるのです。

そんな風にしてようやく私たちが手にするお米は、
種そのもの、でもあります。
種は、いのちのもと。

来年のための籾はすこし残して、また、次の春を待つのです。
この籾(もみ)を水に浸したら、新しい命がまた芽吹く。 
籾のなかで眠っていた命が目覚め、苗になり、田に還る。
そして、お米として実る。 
めぐる、いのちの不思議。

たべることで、人は、日々、
新しい命をいただいてるのだなあと思います。