



驚くほどにぐんぐん育って、苗になる。
はじめてその様子を見たひとは、
そのあたりまえの循環に、少し驚く。
透き通るように瑞々しい苗。
しっかり根を張って、茎の太い、
つよい苗に育ってくれますように。

家族だけではとても手が回らず、
たくさんの人の手をかりて田んぼに入ります。
苗を手にして、「命はつながっているんだね」とつぶやく人。
まぶしさに目を細めながら、無心で次の苗を手にする人。
どのひとも、「無事育ちますように」という願いを込めて、
田んぼの土の中へ、ひと苗 ひと苗、手で植えてゆく。
植え付けられた苗の根っこは、泥の中で、めざめる。
その瞬間、また新しい命がつながっていく。



無農薬で育てる田んぼ。
いちばん大変なのが、雑草との戦いです。
稲が風通し良く、日当たり良く、
土壌の栄養もしっかり吸収できるように、
草をとって、田んぼのお世話を続けます。
ひたすらに手間のかかるしごと。
でも、そうしてやっと、稲が育つ。
きちんと手間をかけなければ美味しいお米にはならない。
草とりは、稲の生育にとって、とても大切なこと。

6月の末まで地中で根っこの「分けつ」が続き、有効な分けつの数によって稲の本数は決まります。
苗が育ち稲になり、茎のように見えるけれど、葉っぱが茎に巻きついてストロー状になっている部分ができます。
それが、葉鞘(はざや)。
稲の葉鞘のなかで、お米の容れ物である籾が作られます。
7月の終わりから、8月のはじめ頃になると、葉鞘を自ら押し開いて生まれでるようにして、穂は外へと出てきます。
それが出穂。
穂の先から、小さな小さな「稲の花」が咲いて、
葯(やく)から花粉が飛び出し、柱頭にくっついた花粉が発芽。
花粉管を伸ばし、花粉の中の核を子房内の卵に届けます。
ここで受精し、お米が大きくなっていきます。
白くて小さな、お米の花。
この花の開花時間はとても短い。
稲の花は、午前10時頃に最も多く開花して、
昼頃には閉じてしまいます。
開花している時は、あたり一面、
お米の香りが漂います。
たった2時間ほどの花の命。
植物には、神様が宿っているのだなあ、
と思う瞬間。



稲の成長と共に、雑草達も成長します。
雑草を、根っこから引っこ抜く。
稗(ヒエ)赤玉(クログワイ)沢瀉(オモダカ)コナギ ホタルイなど、雑草の根っこも、驚くほどしっかり張っています。
薬を使わない農法の中で、いちばん難しいのが、雑草とのせめぎ合い。
暑い暑いこの時期の草とりは、ほんとうに、過酷、、、です。
秋の豊作を願いながら、草とりに励みます。
稲穂には、白く光る、うぶげが生えています。
一粒づつが、ぷっくり、ふっくら、美しい。
おこめという命が、守られている姿。
収穫まで、あともう少し。

雨の少ない梅雨も、夏の強烈な暑さにも、
荒れ狂う雷雨、台風の暴風雨にもじっと耐え、
太陽の熱と光をめいっぱい吸収しながら、
すくすく育った稲穂たち。
自然には逆らえず、ただ翻弄されるばかりですが、
今年も実りの季節がやってきたことが、ただただ嬉しい。
ぐいぐいと根を張って、土の栄養を吸い上げる。
栄養を奪う雑草たちとせめぎ合いながらも、
しっかり実ってくれた米粒たち。
おてんとさま、土の力、稲という植物がもつ生命力。
水の神様、田んぼの神様…ヤオヨロズの神様に感謝しながら、その日を迎えます。
今年も、無事に収穫できますように。
美味しいお米が実ってくれてますように。
祈るような気持ちとともに、いよいよ稲刈り開始です。



今年のお米はどうだろう。
最初の一膳を炊き上げるときは、緊張します。
ひとくち食べて、家族で顔を見合わせる。
作物は自然からの授かりもの。
ですから、その年々によって当然風味や食感も違います。
梅雨や、日照りや、地温、虫、雑草の勢いなど、
その年の条件、環境によって出来も大きく変わります。
それでも、薬や肥料を必要以上に使って
お米をもっと甘くしよう、どんどん作って、どんどん穫ろう、
とは思いません。
なぜなら、今年、そういうお米が実ったということは、
今は、そういう食べものを食べた方がいいよ。と、
巡る季節の中で、自然が教えてくれてるような気がするから。
自然から生まれたものは、自然と共に生きる人間の体に
負担がないように、実ってくれているように感じるのです。
そんな風にしてようやく私たちが手にするお米は、
種そのもの、でもあります。
種は、いのちのもと。
来年のための籾はすこし残して、また、次の春を待つのです。
この籾(もみ)を水に浸したら、新しい命がまた芽吹く。
籾のなかで眠っていた命が目覚め、苗になり、田に還る。
そして、お米として実る。
めぐる、いのちの不思議。
たべることで、人は、日々、
新しい命をいただいてるのだなあと思います。